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東京高等裁判所 昭和29年(う)86号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 塩野和男 外五名

弁護人 小林直人

検察官 八木胖

主文

原判決を破棄する。

被告人等はいずれも無罪。

理由

本件控訴の趣意は新潟地方検察庁高田支部検察官検事坂本数作成名義の控訴趣意書、被告人等弁護人小林直人作成名義及び全被告人共同作成名義の各控訴趣意書にそれぞれ記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

弁護人の控訴趣意(第一、二点)について

論旨は被告人等の本件行為は正当な争議行為の範囲に属するものとして労働組合法第一条第二項本文、刑法第三十五条により犯罪を構成しないものと解すべきにかかわらず、原判決がこれを有罪と判定したのは日本国憲法第二十八条、労働組合法第一条第二項、労働関係調整法第七条等争議権保障を規定した法条の解釈適用を誤り、その結果刑法第三十五条の違法性阻却事由の存在を看過したものであると主張する。よつて原審及び当審において取り調べた証拠に基き本件の事実関係を明らかにすると共に、その事実に現われた被告人等の所論争議行為が、果して正当のものであるか否かにつき、以下、項を分つて逐次判断を加えることとする。

(一)  先ず本件争議発生の経過を見るに、原審証人藤田進、当審証人小川照男の各証言及び記録編綴の電産中央執行委員長藤田進名義の労働大臣及び中央労働委員会長宛「労働関係調整法第三十七条に基く通知の件」と題する書面(乙第十号証)等に徴すると、日本電気産業労働組合(以下「電産」と略称)は全国九電力会社及び電気事業経営者会議との間において昭和二十七年三、四月頃から労働協約改訂及び賃金、退職金の改訂をめぐつて団体交渉を継続して来たが、その交渉が決裂したため同年五月中旬に至り中央労働委員会に対して調停を申請した。しかし労使双方において同委員会の調停案を拒否する結果となり、茲に電産は争議行為に訴えてその主張を貫徹することに決し、同年九月二日労働大臣及び中央労働委員会会長に対し争議行為をする旨の予告をした。かくて電産は所要の手続を経て具体的争議権を取得したものであることを認め得られるので、本件争議がその目的と手続において正当且つ合法であることは洵に明白である。

(二)  次に然らば、電産は右具体的争議権に基いて如何なる争議方法を採用したかというに、同年五月二十二日電産山中大会に於て具体的な同盟罷業(以下「スト」と略称)の実施時期、方法等の決定を一任された電産中央本部は電源職場の労務提供拒否スト(以下「電源スト」と略称)を実施することとし、同年九月十一日付を以て東北地方本部を含む各地方本部に対し闘争指令「サクラツバメ第九号」を発し、同年九月二十四日八時から十四時まで減電量十五パーセント程度(基準日同年九月五日)を目標とする電源ストを実施し、右減電電力量を確保するため時間に拘泥することなく続行するよう指令した。

右中央闘争指令を受けた電産東北地方本部は、翌十二日管下各県支部に対し前記中央闘争指令と同一内容(なお具体的実施要領については既に指示したとおりである旨を附言)の地方闘争指令「クリツバメ第一七号」を発し、同日該指令を受信した電産新潟県支部は即日同支部常任執行委員会においてこれを確認し、同月十三日管下各分会に対し前記地方闘争指令と同一内容の支部闘争指令「タカクリツバメ第二三号」を発し、更に同月二十三日「タカトマトツバメ第一五六号」を以て右支部闘争指令に基く電源ストの対象発電所を原判示大谷第一発電所外五発電所と指定し、その結果同月二十四日右大谷第一発電所の用水取入口附近において前示指令に基く電源ストが実施せられるに至つたものである。なお前記地方闘争指令(クリツバメ第一七号)に「具体的実施要領については既に指示したとおり」とあるのは、後記「電源職場労務提供拒否スト実施要領」を指すのであつて、以上の事実は原審証人藤田進、同佐藤正、同高見正二、当審証人小川照男、同荒井幸雄、同長谷川直大、同桐山親雄、原審及び当審証人小林武治の各供述並に押収または記録編綴の前掲各闘争指令書の各記載によつてこれを明認することができる。

そこで右電源ストの当否について審究するに、右挙示の各証拠及び記録編綴の「電源職場労務提供拒否スト実施要領」と題する書面(乙第二十五号証の一部)を総合すると、本件電源ストは発電所の水車室、機械室、配電盤室その他堰堤取水口等の電源職揚において従業員が一旦、発電施設の運行を停止せしめた上その職場を離脱し一定時間労務の提供を拒否することにより一定の減電量の実現を目的とする争議方法として案出されたものであつて、これにより会社の発電量の低下を来たし、その業務の正常な運営を阻害するものであるが、本来、争議行為において使用者の業務の正常な運営を阻害する結果を伴うことは、その性質上已むを得ないところであるから(労働関係調整法第七条)、電産がその争議方法として上記のような電源ストを決定し、その実施によつて会社の正常な業務の運営が阻害せられ水利の妨害を受けることがあつても、このことのみを以て不当な争議方法であるとはいえない。ただ、この争議方法によるときは、電源職場従業員が会社側より発電施設の操作を停止することなく、現状のまま引き継ぐよう要求されても、これに従うことなく敢て発電施設の運行を停止せしめ、一時会社の施設の管理を行う状態を伴う点において、不法性を帯びるやの疑を生ずるけれども、電産がかかる電源ストの方法を採用するに至つた理由を考按するに、原審証人藤田進、当審証人小川照男、同宮川安弘等の各供述を総合すると、電気事業は最も重要な基礎産業としての公益事業であるから、全国ないし一地方の電気産業従業員が一斉に労務不提供に入れば、社会的経済的に頗る深刻な影響をもたらすことが予想されるので、当時電産としてはかかる大規模なストの実施を良職的に避けて、電気の供給に実質的な障害を生ぜしめないよう減電量を定め被害の少ない一定時間、一部発電所に限つて行う電源ストの方法を採つたものであること、かように電源ストは一部発電所を対象として限られた時間だけ行う争議方法であるから、単に職場を放棄するのみでは会社側非組合員の手により操業を継続させることが容易であり、従来の電産争議の経験に徴しても、会社側は当然そのような対抗策に出ることが予想せられ、かくては短時間小部分の電源職場を単純に離脱するのみでは、その実効を挙げ得ないため一時発電機の運転を停止して減電量十五パーセント程度(保安電力及び一般需要家に支障を生ぜしめないよう考慮し電源ストとしては最低線と認められる限度)を実現確保する必要があるとして会社の上記要求に従うことなく、敢て発電施設の操作を停止する方法を採るに至つたものであることが認められるのである。して見れば、叙上の限度において会社側の前記要求に応ぜず、発電停止の準備操作の間一時、会社の当該施設を会社側の意思に反して管理する状態に立ち至ることも、電源職場の特質上洵に已むを得ないところといわなければならない。然らば電産の採用した本件電源ストの方法は、正当な争議手段と認めることができるのである。

(三)  次に前項(二)掲記の諸証拠によると、電産中央本部は電源スト実施にあたり会社側が対抗策として臨時人夫その他の代替要員を現場に派遣し、右発電停止の準備操作を防ぎ会社の操作を継続せしめようとした場合には、右ストの実効を期するため発電停止のための操作を実施する間ピケットラインを以て非組合算の現場(当該所要部分の施設)への立入を阻止すると共に飜意するよう説得し、電産組織の威力を示して争議組合員に協力させるよう努力し、更に説得困難のときはスクラムを組んでも阻止し、指定の減電量を実現すべく、ただ飽くまでも暴力には訴えず、これを阻止することができないで職場放棄定刻迄に操作が完了しないときはそのまま退去する旨の方針を昭和二十七年七月中に決定し、右方針はその当時各地方本部に指示されたのであるが、本件電源ストの実施に先立ち、東北地方本部は右方針と同趣旨の記載ある前顕「電源職場労務提供拒否スト実施要領」と題する文書を作成し、同年八月二十八日頃管下各県支部責任者会議において右実施要領を解説してその趣旨を徹底せしめ、電産新潟県支部は同年九月十七日頃被告人塩野和男を含む同支部常任執行委員から管下各分会責任者に右実施要領を詳しく説明し、高田本町分会は同月十九日頃同分会常任執行委員会を開催して前示実施要領を確認し、同分会執行委員を管下各地区班の職場大会に派遣してこれが周知徹底を計り、更に同月二十三日頃被告人塩野和男以外の被告人等五名を含む組合員等出席のうえ合同地区班会議を開催し、前記実施要領の周知徹底に努めたことが認められる。

右によつて見るときは、本件電源ストにおけるピケッテイングも一般のそれと同じく「平和的説得ないし団結力の示威」を本来の建前とし、ただ説得困難の場合に限りスクラムによつて会社側臨時人夫等非組合員の現場立入を阻止することを認めているのであるが、本件電源ストの性質が上記のようなものである以上、その目的を貫徹するため、発電機の運転を停止する準備操作をするに際し、会社側から臨時に雇われた人夫が容易に説得に応ぜず、強引にピケラインを突破しようとする場合には、右準備操作を妨害されないための手段としてその操作実施の時間に限りスクラムによるピケッティングの方法をとることは已むを得ないところとして許容されなければならない。従つて本件電源ストの実施にあたり電産が右のようなピケッティングを指令し、被告人等が該指令に従つて時間、場所及び方法において右実施に必要な最少限度の行動をしたとしても、これを目して正当な争議行為の範囲を超えたものということはできない。

(四)  以上説述した如く、本件電源ストが争議行為として正当であること、右スト突入にあたり会社側の発電施設の運行を停止することなくそのまま引継ぐべき旨の要求を拒否すること及び電産の指令した本件ピケッティングの方法は該ストの性質上その目的貫徹のため必要な最少限度のものと認められる限り已むを得ないところとして許容せらるべきであることを前提とし、且つ被告人等はピケッティングにおける暴力の禁止を上記のような電産の指令によつて熟知していたものと認められるとの事実関係を基礎とし、原判示大谷第一発電所用水取入口における本件電源ストの実施に際し、被告人等のとつた行動が果して正当なる争議行為の範囲に属するや否やを討究することとする。

よつて被告人等の右行動をめぐる事実関係について審按するに原判示第一の事実中「被告人小島兼蔵を除く爾余の被告人等五名において岸本喜代作がスクラムを潜り抜けようとすると押し返し」たとの点は下記の理由によつてこれを確認し得ない。すなわち、被告人塩野和男及び同小島兼蔵を除く爾余の被告人等の検察官に対する各供述調書中には、被告人小島兼蔵以外の被告人等五名が原判示大谷第一発電所用水取入口の水路排水門(当審における検証の結果によれば、原審の証拠中これに当るものを「排砂門」と表示してあるのは誤と認める)の門扉上のハンドルを背にしてスクラムを組み、原判示臨時人夫岸本喜代作が説得に応ぜず、これを潜り抜けようとするのを阻止するに努め、これに対し岸本が強引に右スクラムを突破しようとして相争つている際、岸本を通すまいとして押し返した旨の供述記載部分が存するけれども、被告人等の司法警察員に対する各供述調書中には、右「押し返した」旨の供述記載は全く存在せず、且つ岸本喜代作の検察官に対する供述調書、同人に対する原審及び当審の各証人尋問調書を通じ、そのいずれにも「押し返された」という如き供述記載を見出し得ないことと、被告人等の原審及び当審における各供述とを照合すれば、右被告人等の検察官に対する前記供述のみを以つて同被告人等が物理的有形力を用いて岸本を押し返したとの事実を認めるのは相当でない。

なお、本件起訴状には右被告人等がその際岸本に対し、肘を以つて突いたり、頭を押える等の行為をした旨の記載があり、岸本喜代作は検察官に対し、同人が被告人等の組むスクラムを潜り抜けようとした際、被告人塩野和男等から肘や膝で小突かれたとか、被告人小島信男に頭を押えつけられた旨陳述し、原審公判廷においても頭を押えられた点を除き同趣旨の証言をして居り、更に検察官面前並に原審及び当審において、右スクラムを通り抜けようとした際被告人岡田幸雄が岸本の着衣(作業衣)の袖を一回掴んだ旨供述して居るが、右のうち被告人岡田が岸本の袖を一回掴んだ点け岸本喜代作のこの点に関する一貫した供述によつてこれを認めるに難くないけれどもその余の点については同人の右各該当供述の内容を検すると、その具体的状況の表現において聊か明確を欠き、且つ首尾一貫しない点があるばかりでなく、本件の場合の如く右岸本がスクラムを組む者の股間や両腕の間隙を狙い、これを強硬突破しようとした際上半身をかがめ、下向きとなつて潜り抜けのみに熱中していたため、相手の肘や膝に突き当つたり、頭部を押し挾まれたりした瞬間には、これを相手方の故意による暴行、すなわち岸本のいう「小突いた」とか「押えつけた」とかいう風に感得することもあり得べき現象と認められる点、被告人等は前顕(三)の前段に摘記したところによりピケッティングにおける暴行の禁止を熟知していたものと解せられること、被告人岡田幸雄が岸本の着衣の袖を片手で掴むや否や、即座に被告人塩野和男が「人夫に手を出すな」と注意を与えた事実(岸本の検察官面前供述、原審及び当審各証言)等に徴すると、被告人塩野和男等がスクラムを潜り抜けようとする岸本を故意に肘や膝で小突いたとか、被告人小島信男が頭を押えつけたとかいう岸本の供述は客観的事実としてはその表現どおりに受け取ることはできない。

このことは岸本が原審における証人尋問に際し、被告人小島信男は自分に手を触れなかつたと供述していること及び当審における証人尋問の際、頭を押えつけられた点は勿論、肘や膝で小突かれた点について全く言及していない事実からも首肯し得べきところである。

以上のとおりであるから、当裁判所は原審及び当審において取り調べた証拠、なかんずく原審及び当審証人岸本喜代作、同丸山三月、同古川正友の各証言、被告人等の検察官面前並に原審及び当審における各供述、当審検証調書の記載等を総合して本件の事実関係を次の如く判定するのが相当であると認める。

本件電源ストに際し、会社側では事前にその計画を察知したので、その対抗策として右ストの対象発電所へ代替要員を派遣し、非組合員の手で操業を継続せしめることとし、原判示大谷第一発電所の取水口へは臨時人夫として岸本喜代作を雇つて派遣すべく、昭和二十七年九月二十三日当時の蔵々発電所長丸山三月から右岸本にその旨を依頼して新潟支店長名義の委任状及び身分証明書(昭和二九年押第二九号の一、二)を手交して置いた。

そこで本件スト実施当日である翌九月二十四日午前六時前頃、岸本が大谷第一発電所取水口の見張所に行くと、同所勤務員である被告人小島兼蔵がおり、間もなく、やはり同所勤務員の被告人小島信男が来たので、岸本は前記の委任状と身分証明書とを両被告人に示し、スト突入の場合には右岸本において現状のまま同発電所取水口の操業を引き継ぐべき旨を告げた。次いで同六時過頃電産新潟県支部常任執行委員である被告人塩野和男が現地指導の任務を帯びて同見張所に到着し、岸本が会社側臨時人夫であることを知つて同人に対し、組合員以外の者は出て行つて呉れ、ストを決行する、日当二百円出すから帰つてくれと申し入れたが、同人は頑として応じなかつた。被告人塩野和男は同所の用水取入口を点検し、発電機運転停止の準備操作として同取入口の何れの水門を開扉すべきかについての順序、方法、時期等を被告人小島兼蔵と打ち合せた。同七時二十分頃被告人塩野和男からの応援依頼によつて右組合員である田口発電所勤務被告人長田等、蔵々発電所勤務被告人岡田幸雄、同後藤信繁が右大谷第一発電所取入口に到着し、これと殆んど同時頃、電産高田本町分会から「実施時間八時より指令あるまで」との分会闘争指令「クリツバメ第六号」を受信し、右指令に基き被告人塩野和男の指示により、被告人小島兼蔵が前掲「電源職場労務提供拒否スト実施要領」に従い、大谷第一発電所操作規程に定められた全停断水の準備操作として、同発電所取水口の水路排水門(原審記録中これに当るものを「排砂門」と表示しているのは誤と認められること先に指摘したとおり)を手動式ハンドルによつて開扉しようとするや、岸本喜代作がこれを阻止しようとして接近して来た。被告人塩野が岸本に「帰つて呉れ」と言つたが殆んど耳もかさなかつたので、被告人小島兼蔵を除く被告人等五名が、水路排水門の門扉上の前記ハンドルを背にして、岸本に向つて左側から被告人塩野和男、同小島信男、同長田等、同後藤信繁、同岡田幸雄の順で右ハンドルに至る進路いつぱいに横に並んでスクラムを組み、岸本の進入を阻止する態勢(原判示の「立塞り」)を執つた。そして被告人塩野から更に岸本に「止めて帰つて呉れ」と言つたが聴き容れず、飽くまでスクラムを突破しようとしてスクラムを組む被告人等の股間や腕の間隙を狙つて潜り抜けようとしたが割り込めないと見るや、附近から長さ六尺余、幅四寸位、厚さ一寸余の角材を携えて来て、これを水路排水門の三角点に架け渡して橋代用とし、これを渡つて右排水門のハンドルに近付こうとしたが、スクラム左端(被告人塩野)にこれを阻止された。すると岸本はその反対側に駈け寄りスクラムの間隙を狙つて潜り抜けようとし、これを被告人等が阻止すると、また他の間隙を狙うという風に、同じ動作を幾度か繰り返すうち、スクラム右端の被告人岡田幸雄がその右側間隙を通り抜けようとする岸本の着衣(作業衣)の袖を一回だけ片手で掴み、また岸本が自ら同被告人の足に当り、その脇に捨ててあつた木葉溜りに滑つて転ぶ等のことがあつたが、間もなく岸本は橋代用の角材を渡つて前記排水門扉のハンドルに取り付き、既に被告人小島兼蔵の右操作により約十糎ほど開いていた同門扉を閉めようとしたので、被告人塩野はこれを阻止するため右ハンドルに上半身で乗り掛ると共に、被告人小島兼蔵に対して本流排砂門(原審の証拠中これに当るものを「制水門」と表示してあるのは誤と認める)を開扉するよう指示したが、その直後、来合せた前記丸川三月より「やめろ」と言われたので、同排水門の開扉操作半ばにして右排水門を退去し、一方被告人塩野より右指示を受けた被告人小島兼蔵は原判示第二の如く前記排砂門の北端の門扉を附近にある操作小屋の電鍵を操作して約十五糎ほど開き、大谷第一発電所の発電に使用するために堰き止められている関川の流水の一部を、間もなく同所に駈け付けた右岸本によつて閉鎖されるまでの数分間、関川本流に放流したものである。

右に摘録した事実関係に徴すると、被告人小島兼蔵が前示分会闘争指令に基く被告人塩野和男の指示により大谷第一発電所取水口の水路排水門の開扉に着手したところ、これを目撃した会社側の臨時人夫岸本喜代作が右開扉を阻止すべく同排水門に向つて近付いて来たので、同被告人以外の被告人等五名がスクラムを組んで立ち塞り、岸本の進入を阻止したまでの限度においては、正当なる争議行為の範囲に属するものと認むべきこと前顕(一)ないし(三)に説述したところによつて自ら明白である。

ただ茲に問題となるのは、その際被告人岡田幸雄が岸本の着衣の袖を片手で一回だけ掴んだことが労働組合法第一条第二項但書にいわゆる「暴力の行使」と目せらるべきやの点であるが、前記認定のように相手方が正当なものと認められる程度のスクラムを強引に突破しようとする瞬間において、相手方の着衣の袖をただ一回だけ掴む程度のことは、右スクラムの状況及び一般社会通念に照らし不法性がないものと解するのが相当である。然らば被告人岡田幸雄に右程度の所作があつたからといつて、直ちにこれを暴力の行使と断ずることは当を得ない。従つて被告人等の右行為が正当なる争議行為の範囲を逸脱するものとして、被告人等に右会社及び右岸本に対する各業務妨害の罪責を負わしめることはできない。

次に被告人小島兼蔵の前記水路排水門及び本流排砂門の一部開扉によつて、大谷第一発電所の用水が関川本流へ若干放流され、その結果幾分なりとも会社の水利を妨害すべき状態を発生せしめたとしても、前記(一)及び(二)の理由により右各水門の開扉は、被告人小島兼蔵が前記の分会闘争指令に基き同発電所の全停断水のため、成規の方法による準備操作として行つた正当なる争議行為と認められる以上、労働組合法第一条第二項本文、刑法第三十五条により罪とならないものといわなければならない。

要するに、本件公訴に係る業務妨害の事実はその訴因たる暴力の行使が認められないので、結局、犯罪の証明なきに帰し、また水利妨害の事実は法律上罪とならないに拘らず、原審が何れもこれを有罪と認定したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認ないし法令の解釈適用の誤を冐したものであるから、論旨は理由がある。

被告人等各本人の控訴趣意について

所論は帰するところ、前記弁護人の論旨と同趣旨であるから、その理由あることは以上説示のとおりである。

検察官の控訴趣意について

所論は要するに原判決の量刑が軽きに失するとの趣旨であるから、その理由のないことはおのずから明かである。

以上のとおり弁護人及び被告人等の控訴趣意は理由があるから原判決は破棄を免かれない。

よつて刑事訴訟法第三百九十七条第四百条但書に則り原判決を破棄し、更に当裁判所自ら判決することとする。

本件公訴事実は

被告人等は何れも東北電力株式会社新潟支店に従業員として勤務し、被告人塩野は日本電気産業労働組合(以下、電産労組と略称)新潟県支部常任執行委員であり、被告人小島兼蔵、同小島信男、同岡田、同長田、同後藤は右支部高田本町分会に所属する電産労組組合員であるが、昭和二十七年九月十二日頃、電産中央本部から電産東北地方本部を通じて同月二十四日午前八時から六時間、十五パーセントの減電を目標に電源職場の労務提供を拒否せよという旨の指令を受理した電産新潟県支部においては、同月十三日右指令を各分会に発した。一方ストの具体的実施要領については電産中央本部のスト戦術専門委員会において決定され、電産新潟県支部においてこれを確認し、同月二十三日現地指導のために高田本町分会に赴いた被告人塩野は大谷第一発電所取入口の電源スト実施を指導することとなつた。

同月二十四日午前七時頃被告人塩野は新潟県中頸城郡名香山村大字蔵々字倉骨東北電力大谷第一発電所取入口に至り、午前八時の職場放棄と共に右発電所の発電機を停止させるために、右同所東北電力蔵々発電所放水路排砂門(当裁判所の認める「水路排水門」にあたる、以下同じ)を開いて大谷第一発電所に行く水を関川に落し、更に関川本流制水門を開き右発電所への補給水を絶とうと企て

第一被告人塩野、同小島兼蔵、同小島信男、同長田、同後藤、同岡田は共謀のうえ、同日午前七時三十分頃右蔵々発電所放水路排砂門において折柄右大谷第一発電所の運営に関する東北電力株式会社新潟支店長の権限を委任され、組合側の職場放棄に伴う水門操作業務引継のために来た臨時人夫岸本喜代作(当時五十二年)に対し、同人の右業務引継を阻止する目的を以て右放水路排砂門前にスクラムを組み、同人が被告人等の右排砂門開扉を阻止しようとして右排砂門のハンドルに近づこうとするのを押し返し、肘を以て突いたり頭を押える等の威力を用いて同人の右会社業務の執行並に会社の発電業務を妨害し

第二(一) 被告人塩野、同小島兼蔵、同小島信男、同長田、同後藤、同岡田は共謀のうえ、同日午前七時三十分頃前示蔵々発電所放水路排砂門を開放し、前示大谷第一発電所において使用すべき用水を関川に放流し、以て東北電力株式会社の水利を妨害すべき行為をなし

(二) 被告人塩野、同小島兼蔵は共謀のうえ、同日午前七時四十分頃右同所関川本流制水門(当裁判所の認める「本流排砂門」にあたる)を開放し、右大谷第一発電所において使用すべき用水を関川に放流し、以て右会社の水利を妨害すべき行為をなし

たものである。

というのであるが、前段説明の如く右第一の事実については犯罪の証明がなく、また右第二の事実は法律上罪とならないから、刑事訴訟法第四百四条第三百三十六条に則り無罪の言渡をなすべきものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 荒川省三)

小林弁護人の控訴趣意

第一点原判決は、日本国憲法第二八条労働組合法第一条第二項及び労働関係調整法第七条等争議権保障を規定した法条の解釈適用を誤り、その結果刑法第三五条の違法阻却事由の存在を看過した違法がある。

原判決は、この事実認定において「被告人塩野和男は東北電力株式会社新潟支店管下の新発田営業所に、被告人小島兼蔵小島信男は同支店管下の中頸城郡関山村字大谷地内大谷第一発電所に、被告人岡田幸雄後藤信繁は同支店管下の同郡名香山村字蔵々地内蔵々発電所に、被告人長田等は同支店管下の田口変電所に夫々勤務する従業員であつて日本電気産業労働組合に加入し被告人塩野和男はこの労働組合の東北地方本部の下部構成たる新潟支部の常任執行委員で昭和二十七年九月二十四日午前八時から大谷第一発電所に於て組合中央本部の指令により十五パーセントの減電を目標として決行されることになつていた同盟罷業の実施を指導するため大谷第一発電所の用水取入口の存する蔵々発電所下手に支部から派遣せられたものであり他の被告人等は新潟県支部高田本町分会に所属していたもので当日この取水口附近に参集していたものであるが、被告人等は所期の減電を実現させるため被告人塩野和男主導のもとに正当なる争議行為の範囲を逸脱して左記の犯行をなすに至つた。第一、被告人等六名は同日午前七時三十分頃会社が県の用水許可を得て蔵々発電所下の放水路から大谷第一発電所の発電量を低下させるためその流水を放水路の北側に設置してある排砂門を開扉して一関川本流に放出することを共謀し排砂門の傍まで行つたところ会社が斯る場合に備え門扉を監守して用水を流通させることを命じて置いた臨時人夫岸本喜代作が開扉を防ぐため門扉上の把手を押えようとして随いて来たのでこれを阻止することをも共謀し因つて被告人小島兼蔵を除く五名は把手を背にして岸本に向つて通路一ぱいに横に一列に並んでスクラムを組んで立塞り岸本が潜り抜けようとすると押返し以つて威力を用いて岸本の命ぜられた用水保守の業務を妨害するとともにこれによつて会社が発電のため用水を管理する業務をも阻害した上岸本が逡巡している間に被告人小島兼蔵は把手を廻し排砂扉を約十センチ引上げ開いて用水を関川本流に放流して以つて会社の水利の妨害となるべき行為をなし、第二、被告人塩野和男及び小島兼蔵は前記犯行の直後会社が県の用水許可を得て蔵々発電所の北方附近に於て関川本流に堰堤を作つて川水を堰き止めこれを前記放水路に導入合流させて大谷第一発電所へ送水していたのを止めることを共謀し因つて被告人小島兼蔵はこの堰堤に設置せられてある電動式制水門の北端の門扉を附近にある操作室の電鍵を操作して約十五センチ開いて用水を本流に放流し以つて会社の水利の妨害となるべき行為をなしたものである」「被告人弁護人等は本件は適法なる罷業行為の範囲に属し違法性なく然らずとするも組合本部の指令によるものであるから責任がない旨弁疏するが、およそ向罷業の手段方法は労働力の団結提供拒否に止るべきであり使用者自身の業務遂行を妨げたり使用者管理の施設をその意に反して処置するが如きは許されないところである、また組合の指令によるとするも別段の立法なき現在組合員個々の行為責任が阻却せられるものとは謂い得ないからその主張を採用しない」と判示し、各被告人に有罪判決を言渡したものである。これによつてみると、原判決は、憲法第二八条の団体行動権の保障、労働組合法第一条第二項の正当な争議行為、労働関係調整法第七条の争議行為の定義等争議権保障を規定した法条の解釈適期をするにあたり、A、およそ同盟罷業の手段方法は労働力の団結提供拒否に止るべきである。B、故に、(a)、使用者自身の業務遂行を妨げることは許されない。(b)、又使用者管理の施設をその意に反して処置することは許されない。C、従つて、被告人等の大谷第一発電所でなした争議行為は正当な争議行為の範囲を逸脱したものであつて、刑法第三五条による違法阻却事由は適用し得ない。と判断したものであることは明らかである。然し、原判決のそのような法解釈は、さしあたり、同盟罷業の手段に通常伴うところのピケツティングの合法性を全然認めない点、並に争議開始にあたり職場が稼動状態から争議状態に移行する際組合員が使用者の業務命令を離脱し独立不覊の立場で組合指令に従い生産停止を行う権利を全然認めない点において、到底異端の説たるを免れないものである。以下、原判決の法解釈の失当にして違法なることを指摘したい。

其の一、本件争議行為の実情について 被告人等の属する電産は、全国九電力会社及び電気事業経営者会議(以下「電経会議」と略称する。)との間の労働争議が発生した。即ち、電産中央本部は、電経会議に対し、昭和二十七年四月十四日賃金改訂並びに退職金改訂要求を、同年三月二十八日労働協約改訂要求を各提出し、団体交渉に入つたが、その団交が決裂したので、中労委に対して、労働協約については同年五月十三日に、賃金退職金については同年五月十六日にそれぞれ旧労調法第十八条の調停申請を行い、福井県山中町に於て開催された電産第七回中央定時大会にこれを上提し、同大会は同年五月十六日右賃金退職金及び労働協約改訂に関する電産中央本部の行つた要求を承認し直接無記名投票を行い右要求貫徹に必要な争議行為実施に関する指令権を中央執行委員会に委任した。旧労調法第三七条所定の冷却期間は、労働協約については同年六月十三日、賃金退職金については六月十六日に満了し夫々その翌日以降電産は具体的な争議権をもつに至つたが、当初なお中労委の調停進行中であつたので争議行為を行わなかつた。中労委の調停案は、労働協定については同年八月二十二日、賃金退職金については九月六日に労使双方に提示された。そこで電産中央本部は、同年九月五日から三日間第四回中央執行委員会を開催し同六日に右両調停案を検討した結果、中労委に右両調停案拒否の回答を行つた。電経会議も亦右両調停案拒否の回答を行つた。爾後、電産は、賃金退職金及び労働協約改訂の要求を貫徹するため争議行為を実施するの已むを得ざる事情におかれたのである。時恰も労調法の改正があり公益争議に対しては従来の冷却期間の規定に代るに争議行為予告制度(改正労調法第三七条)が実施されたので、電産中央本部は同年九月二日労働大臣及び中労委員会長宛争議行為予告を行つたので、同月十三日以降電産は改正法による具体的争議権を取得した。以上詳細に事情を述べた所以は、これによつて本件争議行為の全貌が完全に合法的意図によつて貫かれていることを認識されたい為めである。前記するところにより既に明白となつたように、本件争議行為の目的は賃金退職金及び労働協約の改訂であつて純然たる経済的要求であり、本件争議行為の手続は新旧労調法に照し完全に合法的である。電産が上下を挙げて合法的争議を企図していたものであることは寸毫の疑も容れ得ない。従つて、これから電産が具体的に展開した争議行為即ち「電源職場の労務提供拒否スト」についても、後記の如く、合法性の考慮に貫かれて、いたものである。電産は、先づ事務ストに入つたが、使用者側の誠意ある態度を期待できなかつたので、爾後「電源職場の労務提供拒否スト」に突入した。即ち、電産中央本部は、同年九月十一日附で東北地方本部を含む各地方本部に闘争指令(キリンサクラツバメ)を発した。右闘争指令は、同年九月二十四日八時から十四時迄六時間の時限ストとして電源職場の労務提供拒否ストを指令したものであるが、指令により減電量が僅かに一五%にとどめられている。正確にいえば基準日昭和二十七年九月五日の各地方電源側最大負荷実績の一五%程度の趣旨である。電産の組合員は一人残らず争議権があるのであるから法律上合法の限界迄ストを拡大しようと欲すれば、電源職場の無期限職場放棄や減電量最大のストも可能である。然し、電産は、要確保電力(これは五〇%程度といわれる)に悪影響を与えることを避けるため、換言すれば公共の福祉を考慮して、法律上合法の限界の遥るか手前で争議行為を自粛したのである。三〇%程度の減電であれぼ、配電系統を管理する会社側が善処すれば、現実に需要者に迷惑を及ぼさずに済むことができる見込があるのである。何となれば、発電所で発電した電力は直接は需要者に送電されていない。それは給電指令所の指揮を受け各変電所に配電された上、各変電所の操作により各末端需要者に送電される。給電指令と変電所の操作はスト外であつて会社の業務命令で行われるので、三〇%程度の減電が発電所に発生すると、会社はその際停止中であつたスト外水力の発電機を臨機に運転したり火力の設備をフル運転したり休止中の貯水池式発電所を稼動したりすることによつて比較的容易に減電の補充を達成し、末端需要者に影響を及ぼすことを回避することが可能である。本件ストは右のような事情によつてきびしくしぼられた制限ストの性格を有するものである。この制限ストは会社のスト破りに遭遇しても、これを無制限に拡大することによつて対抗することのできない性格のものである。従つてその実施は厳粛でなければならない。これは技術労働者としての電産の良心である。電産は、全国ストを行つて社会公共に重大な損害を与えることを択ばず、社会公共に影響の尠い制限ストを厳粛に実施するの途を択んだのである。しかも、このことが公共の福祉に合致するのである。公共の福祉の要請で制限ストにとどめることを要請される以上、争議権保障の代償としてその制限ストすらも破ろうとする者に対して、他の場合より比較的高度のピケツティングを行うことを是認せらるべきものである。本件の電源職場の労務提供拒否スト実施要領が、スト突入時において、会社の業務命令を離脱して組合指令による発電機の運転停止を厳格に実施することを求めたこと、並びに会社側の派遣した臨時人夫その他の運転要員に対し説得困難の場合スクラムを組んでも阻止して(もちろん暴力を行使したり感情に走つたりしてはいけない)最後の飜意を求めたことは前記事情を背景として是認せらるべきものであろう。電産東北地方本部は、同年九月十一日に中央闘争指令第九号を受信し、同日常任執行委員会でこれを確認し、翌十二日地方闘争指令(クリツバメ第一七号)を傘下各県支部に発した。電産新潟県支部は東北地方闘争指令第一七号を受信し同日支部常任執行委員会においてこれを確認し傘下各分会に、同日十三日支部闘争指令(タカクリツバメ第二十三号)を発令し更に同月二十三日支部連絡(トマトツバメ一五六号)をもつて右支部闘争指令に基く電源スト対象を指示したが、その中に本件大谷第一発電所が含まれたのである。大谷第一発電所に於ては運転保守操作規程及び水力発電所水路保守並びに運用心得なるものがあつて、従業員が発電機を停止する場合には先ず排水門を開き用水の減水を行つた上これを停止するよう平常訓練されていた。排水門を開き用水の洩水を行うことせず直接に発電機を停止すれば溢れる用水を余水路によつて排水せねばならないが、余水路が不完全のためそれは危険を伴うことを平常教示されていた。そこで、本件大谷第一発電所のスト指導に赴いた被告人塩野和男は、他の被告人たちを指導して、本件スト開始にあたり使用者の業務命令を離脱し独立不覊の立場で組合指令を実施するに際し、通常の運転上の規則を厳守して発電機を停止するためその準備操作として、先づ排砂門の開扉による用水の減水を企図したものである。更に又会社側は、電産の前記制限ストの立場を理解せず、被告人等が公共の福祉の要請上制限ストにとどまることを無視し、そうした制限ストさえも破ろうとし、予め現地に派遣した臨時人夫岸本をして先制攻撃的に発電機の運転状態のままの引きつぎを企図したので、被告人等はこれに対し中央指令による比較的高度のピケツテイングを実施した。即ち、被告人塩野は岸本に対しスト前から熱心に説得し、組合側で人夫賃を出すから帰つてくれと申入れたりしたが、岸本は頑として応ぜずあくまで発電機停止の準備操作としての用水減水の操作を妨げるので、争議団の最後の説得として、排砂門附近にピケを張りスクラムを組み飜意を求めてみたが、岸本はあくまで飜意せずこれ以上続けることは暴力問題を発生させ平和的ピケの境界を越えるおそれがあつたので、被告人塩野はこれを断念して堰堤制水門(これを開くことによつても用水の減水を図ることができる)を開扉することに代置することを企図し、被告人等は前後数分間の維持をもつてピケを解き、岸本をして業務に就かしめ、その代りとして短時間堰堤制水門を微開したものである。但しその行為の目的はあくまでスト実施のため発電機の運転停止を行うためその準備操作として用水の減水を図るにあつたものである。

其の二、スト時の業務命令について スト突入を契機として、従業員に対する使用者の業務命令権は消滅し、組合員は使用者の業務命令を離脱し独立不覊の立場で組合指令による行為をなし得るようになるということは、通説並びに多くの判例の認るところである。その場合、組合員は一切の業務命令から離脱することを得るものであるから、争議状態のもとにおいては、使用者は組合員に対しその従属労働の提供を命ずることができないばかりでなく、その他の方面においても例えば使用者施設の管理等に関しても何等有効に業務命令を発し得ないものであるといわなければならない。組合員は、争議を行う目的はやがてよりよい労働条件のもとで職場へ復帰することに外ならないので、使用者の業務命令に服しないとはいえ、職場復帰を不可能ならしめるような機械破壊的行為は自ら行わないばかりでなく自ら進んで完全な安全上の考慮をするものである。然しそれはあくまで使用者の業務命令に対して独立不覊の立場で行うものである。この見解に立てば、組合員がストに突入するとき、稼動状態から争議状態に移行の際、その職場の機械を通常の操作方法で運転停止することは、争議権の直接の流出権として組合員の権利であるといわなければならない。従つて又、組合員がスト突入時始めて職場の機械の運転停止を行う際、これを妨害する対抗者に対しては、争議権の防衛として正対不正の関係において比較的高度のピケッティングが許されるものと思料する。

其の三、ピケッティングについて 社会的事実としては、わが国の争議行為の実情に照すと、同盟罷業その他の争議行為は常にピケッティングを伴つている。ピケッティングは争議行為の防衛手段として不可欠のものであるのが実情であつて、争議権の拡張史はピケット権の拡張史にひとしいといわれている。比較法制史的にながめても、英米の争議権はそのピケッティングの合法性の獲得史に通ずるものである。(高柳末延編「英米法辞典」三五八頁四五二頁参照)我が実定法をみると、憲法第二八条には勤労者の団体行動権を保障すると規定され、労働関係調整法第七条には争議行為の定義として「争議行為とは、同盟罷業、怠業、作業所閉鎖その他労働関係の当事者が、その主張を貫徹することを目的として行う行為及びこれに対抗する行為であつて、業務の正常な運営を阻害するものをいう。」と規定され、労働組合法第一条第二項には正当な争議行為の規定として「刑法第三十五条の規定は、労働組合の団体交渉その他の行為であつて前項に掲げる目的を達成するためにした正当なものについて適用があるものとする。但し、いかなる場合においても、暴力の行使は、労働組合の正当な行為と解釈されてはならない。」と規定されている。そこで労調法第七条の争議行為の定義は注目に価する。これは、比較的忠実に社会的事実としての争議行為の在り方を捉えている。そこでは、争議行為は労使の争闘として捉えている。同盟罷業は単なる一例示とされ、争議行為が多様であること、労働者側のある形態の争議行為が行われると、これに対抗して使用者側のある形態の争議行為が行われ、それに対してはさらに労働者側でそれに対抗して新しい戦術のスト形態を発案して実施するというふうに労使にある程度緊張したやりとりが行われて「争議」を形成し、その労使いずれの争議行為も業務の正常な運営を阻害するものであることを認めている。これが正に実在する争議行為の様相を反映したものである。これによつてみれば、争議行為は、原判決のいうような「労働力の団結拒否に止る」というようなものとは質的に隔つたものであることがわかる。種々様々の積極的な団体行動にみちみちたものであり、その中には当然にピケッティングも含まれるのである。そのことは、労組法第一条第二項の正当な争議行為の規定についても窺知できるところである。そこで争議行為というものが市民法原理に照すときある程度の軽違法性を帯有する性格のものであることが始めから前提され、そうした前提に立つて「正当な争議行為」は刑法第三五条による違法阻却事由となることを宣言し、さらに暴力の行使というような重大な違法行為は争議行為としてでも違法阻却を受けないことを但書としたものである。従つてピケッティングは、そのような性格のものとして労働法的観察によりその正当性が吟味されなければならない。さらに、憲法第二八条は勤労者の団体行動権を保障していることの趣旨を明らかにしなければならない。国家公務員法により、公務員が、経済的地位からすれば明らかに勤労者に属しつつもその職務が全体の奉仕者であるという公益上の見地から争議行為を行うことができないものとされるとき、この憲法第二八条の保障の効果として、争議権の代償たる人事院勧告制度が設けられた。さらに、公共企業体労働者が、企業の公益性から争議行為を行うことができないものとされたとき、公労法は、それら労働者の争議権の代償たる仲裁裁定制度を設けた。そこで、この筆法でゆけば、電産が公益事業のゆえに公共の福祉の要請上極めて制約された制限ストしか行うことができないものである場合においては、前記のような法律による争議権の代償たる制度を与えるか、さもなければ、右制限ストを実施するに際しこれを防衛するため他より高度のピケッティングを合法と認めるべきであろうと考える。そうしてこそ、憲法第二八条の争議権の保障は、電産労働者に公平に与えられたといえるのである。そこで、電産労働者に対しては、大阪高裁昭和二六年二月九日特殊歯車事件判決、福岡地裁昭和二八年一一月一九日嘉穂炭坑ピケ事件判決、横浜地方裁判所昭和二八年一二月二四日第二港湾司令部駐留軍要員労組事件判決、同地裁同日横浜陸上輪送部隊労組事件判決等における、それぞれピケッティングの合法性の承認を、当然に推及して、本件被告人等の行つたピケッティング(その実情は前記のとおり)の合法性を認めることが至当であると思料する。

以上のような理由があり、原判決の法解釈は失当にして違法たるを免れないので、原判決は、その点において破棄を免れないと思料する。

第二点原判決は、理由齟齬か、然らずんば事実誤認を疑うべき顕著な事由がある。

原判決は、第一点掲記の如き事実認定の証拠として、左記証拠を挙示した。1、原審証人石黒守、松下勝、丸山三月、古川正友、小島豊太郎、小林武治、岸本喜代作の各証言2、古川正友、松下勝、岸本喜代作の夫々検察官に対する供述調書3、新潟県土木部長作成の水利権についての回答書(甲21号)4、新潟県知事作成の河水使用期間伸長許可書の謄本(甲48号)5、高田営業所長作成の上申書(甲55号)6、当裁判所のなしたる検証の調書7、被告人等六名の夫々検察官に対する供述調書8、被告人等六名の夫々原審に於ける供述、然し、これら証拠のうち、被告人等が「正当な争議行為の範囲を逸脱し」たことの認識の有無、判示第一、第二における水利妨害の犯意の有無、訴因第一における威力業務妨害の犯意の有無の点を挙証すべき証拠としては、各被告人等の検察官供述調書及び原審の供述があるのみである処、これらの証拠によるに、被告人等の原審供述はいずれも完全否認であり、被告人等の検察官供述調書によれば、被告人塩野和男は正当な争議行為と確信して判示所為をなし、排砂門並びに制水門を開扉したのは争議のため発電機の停止をするための準備操作として通常の安全な停止方法をとるため通水を減水するために行つたのであり正当な行為と確信した旨並びに臨時人夫岸本にピケッティングを張つたことも正当の争議行為と確信した旨供述しており、他の被告人等はすべて被告人塩野の指揮により行い何等違法と思わなかつた趣旨を供述しおり、これを要するに、判示第一、第二共各被告人の犯意の存在を証する証拠を欠くことが明瞭である。従つて、原判決は、この点において、事実認定と証拠との間に理由齟齬が存在するか、然らざれば判示事実が事実誤認であることを疑うに足る顕著な事由があるものと思料する。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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